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2012年9月

momo&ライブⅦ

29日~~Yae  満月ライブⅦ~~
Yae(ヤエ)さんは、東京生まれ、故藤本敏夫と歌手加藤登紀子の次女。
伊達市でライブをやって7回目です。
田舎なので、この様なチャンスがないと聞く事はできません。
場所はお寺なのです。
071_600パンフレットより

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透き通るような声、どこまでものびる声量、本堂の観客と一体になったライブは素晴らしいものでした。

Yae Official Website ⇐ リンクしました。クリックしてね。

音楽の事は全くわからないのですが、このライヴは毎年聞いています。
Yaeさん曰く「私の成長を皆さんに見ていただいています」・・謙虚な人で素晴らしい人ですね。

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momo&朝一輪

朝 明るくなるのが遅くなりましたね。

今朝外に出ましたら、もみじが目に止まり、「ず~と」木々を目で追っていると、庭の奥の方に一輪彼岸花が・・・咲いていた~happy01~。
そして今年最後の桔梗も応援している様に一輪。
その写真です。
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桔梗は5本、お盆前上の蕾から一輪一論咲き始め長い間良く咲いてくれました。
来年は少し本数が増えるかな?

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momo&大先輩

大先輩から午後3時までは一人留守番なので、お茶飲みの誘いの電話を頂きましが、案外おみこしのあげない私なのです。
87歳で自分の車で来て下さるのですが、昨日は電話を頂き約束させられました。
10時ころまた電話を頂き、手作りの温かい五目ふかしを手みやげに慌ててcardash発信~。
車で15分くらいで到着。
ここ半年くらいはお邪魔しなたったでしょうか・・「ま~ぁ」着いて吃驚sign03
玄関までの間汚染された土がブルーシート囲われて山積み。002_600
大先輩の家は私が住んでいる所より放射線量が高く、市でも早めの除染区域の作業のようでした。中間貯蔵も決まりこの土は間もなく所定地に運ばれるそうです。

こんな状況でも大先輩のこころは温かでした。
多趣味で何でもやりとげ穏やかな性格の方で曾孫まで面倒見ている大先輩に脱帽です。

今日は大先輩が毛筆で書いた百人一首を見せて頂きましたが、筆字で震える事のない文字は若い人そのものでした。
その中でも福島市の文智摺観音にまつわる句を撮ってきましたよ。
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大先輩が詠んだ俳句・短歌・川柳等多くの句の中から一つの言葉に感心。

~~~~「心はいつも育ちざかり」」~~~~

老後は如何に過ごすかの話題の多い中「心はいつも育ちざかり」の言葉には大いに励まされる言葉でした。
色々な本を読み趣味を通し日常生活を大切に友と多いに駄弁り心を育てましょうね。

「さ~ぁ」心を新たに出発で~す。
~止まると事なく育てましょう自分の心のあり様を~。

大先輩は来年米寿を迎え祝いの席を楽しみにしているようでしたよ。
「さ~ぁ」私はどの様な企画をするのでしょうか?
自分自身の事も楽しみになりますね。

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momo&法人の家

過日「親日本風土記」で放映され、芭蕉が法人の家に泊り「蚤虱馬の尿する枕もと」と詠った、法人の家に行って来ました。
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法人の家とは
国境を守る役人。新庄領堺田村の庄屋・旧有路家の住宅で、芭蕉がこの家で詠んだ句が「奥の細道」にある。建物は推定で築後350年。国の重要文化財です。

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入口を入ると右手に馬小屋があります。110_500

右の方がここに勤めている方です。209_600_5

なか座敷に芭蕉が泊りました。
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公用の人や特別のお客様はこの部屋で話をしたり泊りました。226600_2

むしろを織る機械です。
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ろばたでは薪が焚かれその火の温もりは人の心まで温かくしてくれるものでね。

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momo&華道(平成24.9.27)

お花のお稽古。
順番で回って来た、福島市美術展に出品の作品造りで~す。
何日もかかってお花選び、そして今日やっと花器が決まりお稽古に入りました。
愚作ですので上部の方だけを撮りました。
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市美展では別の作品になります。

友達の作品です。
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気が回らずカメラに納めたのは1人のお友達の作品のみのでした~ぁ。wobbly

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momo&食事会

お食事会
このグループの方たちとは今年で29年のお付き合いで~す。
来年は30周年でなにかを?と考えています。
「そうそう」20周年の時はグループ名入れのマグカップが記念品でした。
30年間このグループにも色々なことありましたよ。
皆さん仲が良いのですが、1人方は寝たっきりそしてもう一人方は車椅子、お逢いするのも辛いです。
今日は自宅からは遠いといっても15㌔離れた住宅地にある「吉芳」さんで11名とのとランチタイムでした。~restaurantφ(゚▽゚*)♪~
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デザートはごま豆腐&抹茶と言うので違和感だありましたが、久しぶりのお抹茶美味しかったup

ごま豆腐はムースの様な滑らかさで、甘さ加減も「バッチリ」。

ユニークな事に箸置きが5cmくらいのひょっとこで、写真を撮うとしたら
隣の席の彼女が私のはおかめさんよと二つ揃っての撮影となりました。

「めでたし・めでたし」
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momo&コスモスN0.2

昨日のつづきよ。
雨に濡れたコスモスで~す。
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このコスモスステキでしょ。
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IMGがクリックしても反応しないのでここで「ちょっと」パソコンをシャットダウンします。075_600_2
コスモスとは思えないような・・コスモスですね。

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今年は安達太良登山の時ロープウェー乗り場のスキー場から続く広場で、咲き始めの優し
コスモスに「わ~ぁ」「いいわね~」の連発でシャッターを切っている自分がいました。
長尾城のコスモスは「あ~ぁ」「終りだね」、でも遅咲きのコスモスが待っていてくれた様な気がしましたよ。

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コスモスの写真も今年最後のUP、コスモスさん来年お逢いしましょう㋧。



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momo&コスモスNo1

23日雨でしたが、宮城県大崎市長尾城の「コスモス」園へcardash
長尾城のコスモスも雨でダメージを受け終わりに近いのですが、
種類が多く管理されていますので咲き誇っているコスモスもありましたよ。002_600

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こちらを向いてくれないお2人さん。

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ダブルクリック・・面白い名前のコスモス・・ダリヤのようですね。

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momo&思いつくまゝNo.3

会津鶴ヶ城
北出丸の解りやすい地図です。
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東軍(幕府)が頼みにしていた母成峠・十六橋突破され滝沢本陣での攻防も凄まじいものであったそうで、今でも刀傷は鉄砲の弾丸の後があるそうです。
官軍が次に進んだのは北出丸でみなごろし丸と言われここで何回も追い返され、官軍は一挙に短期決戦は無理と判断、小田山に砲台を作り最新のアームストロングを持ち込み、打ちまくり鶴ヶ城の本丸がぼろぼろになって行き1ヶ月の籠城の末降伏する。

北出丸は
今、武徳殿(剣道の練習場)と駐車場になっていて昔の面影はありませんでした。047600

会津鶴ヶ城本丸御殿(パンフレットより)
鶴ヶ城にたくさんあった建物は明治7年(1874年)までに全て撤去されてしまいました。007_1000012_900_2

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赤瓦・・1648年
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momo&思いつくまゝNo.2

鶴ヶ城
表門(鉄門くろがねもん)
扉や柱が鉄で包まれていたところから鉄門の名がつけられています。
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momo&思いつくまゝNO.1

会津鶴ヶ城
廊下橋
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廊下橋口は、本丸と二の丸を繋ぐ虎口で、「廊下橋」はその間に架かる木橋の名称です。蘆名氏時代は廊下造り(屋根付き)の橋であったことから名づけられた。一般にいう「廊下橋」は、御殿などとの間に架けられる特殊な橋で、城主やその一家、格の高い客などがこのような橋を使用した。外からの矢玉を防いで、場内の人々が安全に移動できるようにするための工夫である一方で、場内からは敵を攻撃することはできない。虎口としては加藤氏時代まではこちらが大手口であったようだ。また、「武者落し」とも呼ばれる、廊下橋口の石垣は高さ20メートル以上あり東日本随一の高さです。~~検索しました。~~

武者走り
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武者走りとは一般的に、塀を建てた小高く細長い城内側の通路のことで、ここに弓矢や鉄砲をかまえて外部の敵を攻撃する。V字型の合坂(あいさか)や武者走り全体にある雁木(がんぎ)という階段で登ることができる。鶴ヶ城ではV字の「合坂」であるが、鶴ヶ城では合坂のことを「武者走り」と称している。武者走りとはいうが急な階段で、一段ずつが高く重い装備をして走って登ることは大変ですね。

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momo&華道

お花のお稽古も今は花数が少なく先生のお花選びも大変の様です。
友達の作品です。
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今日のお稽古は早めに終り、私の2人の先輩(9歳4歳上)の失敗談で爆笑・・。
サンダルを同じでないものを履いてお客様をお見送り・・
運転する時に自分に号令をかけ・・Tシャツ前後反対に着て一日過ごしたとか
そして最後には家の中の片付けの時力の無くなったとの事でしたよ。
私自身も「そろそろ」かな?と思って「ヒヤ~」」としました。
こう言う時、先輩や姑が居ると「ちょっと」安心するものですよ。

happy01~華道 ^爆笑^~稽古日~でした。~(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

10月6・・7・8日福島市美術展(市美展)があり、華道の各流派も出展、当番で出品することになりましたが、先生の若いお弟子さんが、膝痛で足を引きずっている私に何でもお手伝いしますからと「優しい」言葉を掛けていただいたのは非常に嬉しい事でしたよ。

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momo&戊辰の道

7月8日猪苗代町の母成峠の達沢不動滝に行く時「戊辰の道」の案内板がありました。

この道は江戸から明治への激動期の戊辰戦争の時、西軍(新政府軍)が東軍(旧幕府軍)追撃するための突破した道でした。
滝の写真を撮るよりもこの道をず~と歩きたいと思いましたが、膝痛の私はそうもいかず・・断念・・。
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ご存じと思いますが、会津への総攻撃は慶応4年8月21の朝、自然の要塞として頼りにされていた母成峠が突破された事から始り、昼前峠を占領した西軍は恕濤のごとく山道を下り、猪苗代を経て23日には鶴ヶ城下に進入滝沢本陣を突破白虎隊へとつながりました。

母成峠の戦場跡もあるのかと、それなりに調べ車で行って見ましたが、車では辿りつかず
新政府軍に長い間埋葬も許されず、村人が西軍に隠れ少しずつ埋葬しという地をお参りしてきました。
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東軍殉難者埋葬所
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彼岸の入り(19日)で自然と「戊辰の道」の案内板を思い出し供養になったのでしょうかね。

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momo&鶴ヶ城赤瓦

福島県若松城(鶴ヶ城)です。
幕末の戊辰戦争では約1ヶ月に及ぶ戦いが鶴ヶ城を中心に行われ鶴ヶ城は
砲弾にさらされ傷つき荒れ果てました。
戊辰戦争後天守閣は政府の命令により取り壊されましが市民の願いが叶い、
天守閣が復元されたのは昭和40年のことでした。
そして黒瓦の鶴ヶ城が史料に基づき赤瓦に・・平成22年早春に完成したのです。

鶴ヶ城の黒瓦が赤瓦になり、昨年友達が撮影に行く時weep一緒出来ませんでした。
何時になっても心残りでしたが、今日(17日)やっとチャンス到来sign03

生まれ変わった赤瓦の鶴ヶ城
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赤瓦は刻々と表情を変えてくれました。

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夕陽に映える鶴ヶ城。
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天守閣を降り大手門を出て天守閣を見上げると、「何とsign03」先程の
天守閣とは違う~~夕陽を一身に受け~~堂々たる風格~~は
私達に自信を与えてくれているようでした。

~~「鶴ヶ城夕陽に映える赤瓦」~~
~~「鶴ヶ城陽と陰との晴れ姿」~~
~~「あっぱれと今に伝える白虎隊」~~

来年の櫻のシーズンにはきっと「お邪魔します」と約束をして車に乗りました。

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momo&最中

昨年酒田方面に行った帰りに、瀬見温泉の通りすがりのお店から、最中を買い帰宅して
食べていましたら、何て「美味しそうに」「勿体なさそうに」食べていると家族者に笑われました。
「餡子」「ごま餡」は  仙台 東京 福島の銘店の味とも違い 甘さかげんと口の中に入った時の小豆の崩れ具合、そして最中皮と餡の柔らかさがマッチして美味しい最中でした。scissorsdash

15日家族の者は敬老の日に合わせ、間歇泉を見ながら、瀬見温泉のお菓子屋さんへ最中を買いに私を載せドライブをしてくれました。002_600

間歇泉を見て鳴子峡からしばらく車で走ると、道路際に芭蕉にゆかりのある「尿前の関」を見つけそこまで足を運びましたが、芭蕉が泊ったと言う封人の家案内版はあったものの見つける事が出来ませんでした。
看板に「偽りありかね?」と今日(17日)も話していました。

ところが求めた最中の名前は「封人の家」で吃驚し、良く見ると包装紙には「最上名物」とありパソコンで検索しなしたら、「尿前の関」は宮城県、芭蕉が泊ったと言う「封人の家」は宮城県から山形県に入って車で15分くらいの所にありました。
「ま~ぁ」知らないって困ったもので、やはり下調べは大切でね。失敗ばかりしています。

封人の家とは. 国境を守る役人の家のことで、仙台領と境を接する新庄領堺田村の庄屋家、つまりこの旧有路家住宅であったといわれています。Houjin1コピーしました。

15日にUPした尿前の関の奥にあった芭蕉の句碑の写真の
表は「芭蕉翁」 、裏面は「蚤虱馬が尿する枕元」とありました。
この地域は馬との共存生活が如何に大切であったかを物語る句ですね。

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momo&宮城県 鳴子ダム 間歇泉

鳴子温泉から尿前の関を過ぎ鳴子ダムへ。062_600

荒雄湖を使っての鳴子ダムはすべて日本人の手によるものだと知り
手を合わせるような気持ちになりました。~~凄いネ~~
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やはりこのダムも低い水量でした。
車止めからダムに添って歩けるのですがその時間は無く断念しました。

鬼首ロッジを過ぎるとすぐ間歇泉(かんけつせん)  。072_600073_600_9083_600081_600085_600

ここを出て瀬見温泉のお菓子のお店に向かうのですが途中市営牧場のすすき野原で,大きな声で「ここを撮る」の声で車を止めることになりました。117_600

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学生の頃安達太良登山で猪苗代の川桁方面に下山した時、銀色のすすき一面に囲まれて歩いたのを思いだされた一時でした。~~一句できましたよ~~

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momo&宮城県 白糸の滝  尿前の関

鬼首温泉(おにこうべおんせん)は、宮城県鳴子温泉を通り有名な間歇泉がある。
福島県伊達市⇒宮城県鬼首温泉のかんけつ泉⇒瀬見温泉の銘菓「最中」を求めて・・ドライブ。
鳴子温泉に入る前、横道を入った所に白糸の滝。
水量が少なく滝壺も無なく糸の様な滝です。
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鳴子温泉からしばらく行くと芭蕉の句「蚤虱馬の尿する枕もと」を詠んだ
「尿前の関」の駐車場から
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階段が・・
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尿前の関跡
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芭蕉の句碑
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芭蕉の像の写真は、トリミングしましたのでピントが合っていません。045_600_2

芭蕉が泊ったと言う封人の家は、テレビでは放映されたのですが・・先を急いで
いましたので、案内の矢印を見ただけです。051_600_2
芭蕉が越えた険しい山刀伐峠は、現在「歴史の道」として整備されています。

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momo&会津 金搭山恵隆寺 立木千手観音

立木千手観音堂
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この観音堂の建て方は、千手観音像を作った後にお堂を建てているので
一般的な造り方とは逆です。

本堂内ではカメラ撮影禁止ですのでパンフレットからです。001_600
本尊仏は身の丈  8.5mの1木彫りで現在も床下に根のある、我が国最大級の
千手観音であります。
8.5mのお観音様は漆塗りで仕上がりは金箔で神々しく、
足元は参拝人にさすられ下地の黒塗りが出ていました。
がっちりとした大きな足は、どっしりと大地を踏み迷う者を
導いてくれる事を約束してくれるように見うけられましたよ。

お堂の前には・・櫛の奉納
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苦と死を納め少しでも病気の苦しみや、精神的な苦しみ死の恐怖を
和らげるために奉納されています。
黒髪の奉納は、女性の真心の奉納で、切なる心願ですよね。
現代はどうなのでしょうね・・?
今日は良いものに触れて心が浄化されたような気がしました。

お堂の斜め前には銀杏の大木。
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反省
1)今回この地を何の予備知識もなく訪れたのは不本意で下調べが必要ですよね。
2)高速道を無使用、往復250㌔5時間のcardashの旅は今後の方針を?考えたいですね。
3)  ~~ (v^ー゜)時間が勿体ないネ !! ~~

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momo&会津 ラッセル車

鳥追観音様の近くには、昔使った「ラッセル車」が大切に保存されていました。090_600

この保存は伊籐正義氏の尽力で造られたのでしょう・・・伊藤正義氏
直筆の「懐旧」の碑がありました。
・・意味が解らず・・
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かいきゅう【懐旧】とは・・ ☆過去の事柄をなつかしく思うこと。

伊籐正義氏リンクしましたのでクリックしてね)らしい文字ですね。
家族全員が尊敬する政治家の一人でした。

検索し一部をコピーしました。
自民党内の実力者でありながら金権政治には一切無縁のクリーンさで知られ、そのために「ポスト竹下」の候補の1人に数えられた。伊東の自宅はバブルの頃でさえ雨漏りするほど生活は質素であった.。

「懐旧」の碑の側には、柿が5cmくらい大きくなり季節を感じて101_600
次の場所へ移動。~cardash

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momo&会津 金剛山 如法寺 鳥追観音

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名前では知っているものの行った事が無い鳥追観音様。
徳一大師ご開創1200年・・の鳥追観音様。007_600
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仁王門には祈願された色鮮やかな千羽鶴・・大きなわらじが奉納されていました。Cats_400

魚眼レンズで制作したポスターを見たのは初めてで、
ポスターを「ちょっと」悪戯に撮って来ました。
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コウヤマキは福島県を北限として生育する日本特産の常緑高木。
根周り6m  高さ20m  地上7.5mの所から直立しています。
木の全景を撮れなかったのが残念でした。
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(^。^)y-.。o○未完成ですが続きはのちほど・・。

観音堂の彫刻(隠れ猿)名工左甚五郎伝
慶長16年8月2日、大地震により倒壊し、同18年観音堂再建の時、
左甚五郎は鳥追観音の御霊験にあやかり大悲に一生の安楽を念じて、
3匹の猿に心をこめたと伝えられています。
この3猿を探した者は、牡丹の蕾が開くがごとく幸運が開き❛福まさる❜
として有名とのこと・・。3猿のこと全く気がつかずに鳥追観音を後にした私です。
そのうちもう一度行って探そうかな~? 見つけたらUPしますね。

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momo&宮城県蔵王・・No.3

なだらかな山で広がりがあり、気分も爽快~・・。166_600

エゾリンドウ
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ここで転びました~~shock~~
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帰る頃駐車場が混んでいましたよ。雲が眼下に見えるのはいいですね~。
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駐車場を出て間もなくこんなにガスがかかり吃驚sign03
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標高500mまで降りてきましたらガスも消え高山野菜のお店が並んでました。
蔵王の放射線量は0.055で自然界の数値でしたので、
安心してお野菜~scissors~沢山~scissors~買ってきました。珍しいのもありましたよ。

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momo&蔵王No.2

蔵王・・三階の滝
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滝見台からの撮影ですが、やはり滝つぼに近い所まで行かなければ
迫力はありませんね。
見方がおかしいのでしょうか・・3ヵ所の滝壺は見つけられませんでした。

同じ滝見台から見える不動滝
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滝壺に落ちる飛沫がとっても綺麗でしたよ。057_600

午前11時頃になってしまい眩しい太陽が写真には邪魔のようです・・?

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momo&宮城県蔵王・・No.1

宮城県蔵王・・お釜
頂上のレストハウスの前に1~3の駐車場があり6分ぐらい歩くとエメラルドのきれいなお釜を目にしました。
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お釜の上に雲が無い時にシャッターを押すのですが、雲は早いです。
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お釜透明感は無いのですが、すごくきれいなエメラルドグリーン。
お釜の周辺では、町中を散歩しているようで、犬を連れたり、赤ちゃんを抱っこしたり
パンプスで歩いてた人も大勢見受かられました。

私はと言えば、珍しく膝も腰も痛くなく、軽々歩き99%往復できました。
1%の所で~転んで~大地(小石まざりの道)と身体~中身は「カメラ」の~サンドイッチを作lちゃったdown
すぐに見たのはレンズ~保護レンズが無残にも壊れ外す事が出来ず~でもレンズは無傷で~明日はカメラ屋さん行きで~す。
可笑しい事に膝・腰も無傷(両膝のサポートのお陰)~何でも無かったのでラッキーでした~~;:゙;`(゚∀゚)`;:゙~~。

お釜に行く前に不動滝に最寄りましたので明日UPします。

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momo&水位

2日に福島市から山形県米沢市に行く途中、水窪ダムへ。

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あまりに水が低いのには吃驚しました。052_600

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雨上がりでしたので、~~深呼吸~~。
ここ数日大雨が降りましたので、どのぐらいの水位になったかな~ぁ~。

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momo&すすき

どこでもすすきが見受けられるようになりましたが、安達太良山で見たすすきは茶色紫の様な色で写真を撮って来ました。
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雨上がりの直江石堤でのすすきはまた表情が違っていました。002_600

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米沢でしょうか水窪ダムのすすきの写真です。062_600_2

こんなに色々な種類があるとは思いませんでした。
この様に写真をUPしますと、あとはどんな種類があるのだろうと検索しました。

アブラススキ
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カリヤスモドキ
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ハツジョウススキ
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トキワススキ
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そうそう我が家にも矢羽根すすき・糸すすきがあります。
ヤバネススキ
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イトススキ
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まだ穂が出ていませんが、十五夜までには顔をだしてくれるでしょう。

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momo&華道(平成24.9.6)

10月・11月は芸術の秋とはオバーですが、文化祭・お祭りの季節になりますね。
9月はそんな助走の季節なのでしょうか、
そんな中でのお花のお稽古日でした。

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momo&原発ゼロ支持率

今朝 時間がありましたので、PCで朝日新聞デジタルを読んでいましたら、国会議員の脱原発の支持率のグラフで国会議員「原発ゼロ」支持42%・・ 朝日新聞アンケート。
「原発ゼロ」支持42%⇐クリックしてね)ですよ・・自民党は4%・・朝からけない気持になりました。
こんなに大勢の人が福島第一原発事故で、生活を一転させられているのに、人の痛みが解らないのでしょうかね。 理解に苦しみますね。

この写真はUPするのは嫌でしたが
安達太良山頂の高山植物の上での放射線量で0.101す。(植物の上は高いですね)
草の上の安達太良山頂の放射線量が少しですが高いのはショックでしたよ。

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因みに我が家の土蔵の部屋の放射線量は0.098でした。
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パソコンデスクの上は0.141です。
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朝からガイガーカウンターでの測量は嫌ですね。
最近はセシウム134が2年半減期のせいでしょうか前よりは放射線量が低くなっています。

何と言ってもbuilding政府の方針が一番ですからね。

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momo&良く撮れたら

芙蓉の花が咲いている所を何回も通るのですが、午後になってしまいますので、
風が出て、諦めてその場を離れるのですが
今日はこれから(AM6:25)行って来ます。
今日の天気予報は不安定とか・・良く撮れたらUPします。

.+゚ゎくゎく.+゚(o(。・д・。)o).+゚ぅきぅき.+゚ 

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momo&直江石堤

山形県米沢市の松川(最上川上流)には、1601年(慶長6年)に直江兼続が米沢の町づくりのひとつとして、
米沢の町を水害から守り、治水事業に力を入れ、整備された谷地河原堤防(直江石堤)があります。
(米沢市案内版より引用)
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この石の凄い事、今の時代にこれだけの石を調達するのは至難の業ですね。
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石堤でお花もご挨拶でしたよ。
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直江石堤でもすっかり秋でしたよ。
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栗の毬の行列・・。
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立派な石堤で吃驚しました。 あの時代に・・。

雨に濡れた石は黒々と緑の雑草に囲まれ、武家時代の壮絶さを思い浮かぶものがありました。(大河ドラマからですが・・ウ・フ・フ)

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momo&蕎麦畑

蕎麦の収穫はまだですが、山形県米沢の蕎麦畑の写真を撮りに行ってきました。
途中からもの凄い雨でしたが風がありませんでしたので何とか写真を撮って来ました。
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少し待っていると雨が止んで来ましたので、直江兼継が治水工事の一環として
作った「直江石堤」にも寄りました。

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安達太良山No.3

安達太良山 登山の時の高山植物です。
名前わからないのです。
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高山植物はお花が小さくだ~い好きです。

特に「sign04eyeだ~いすき~~sign03
この写真はインストールしました。~~scissors~~
何時か自分で撮った写真をUPしたいな~ぁ~~。
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今年の夏は、北海道の大雪山旭岳と安達太良登山そして滝の数々をカメラに納められたのは「きっと」神様と家族からのプレゼントですね。
膝痛で運動もしない・・私に・・神様は・・カメラを持って・・歩いてごらん・・歩けるよ・・。
確かに写真を撮りながら歩くのは遅くても、楽しみながら過ごせますからね。
~そして~ありがたいことに~息切れも~しなくなりましたよ~~。
きっと私に合った運動なのかもしれませんね。

今朝、友達に言われましたよ。
山に登る前後しっかりと「ストレッチ」をする事ですって。確かにしていませんからね。
その友達に感謝しています。

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momo&安達太良山No.2

「やっと」「やっと」頂上の下に着きました。
ここは小石がいっぱいで「ずるずる」「ずるずる」と滑るんで~~す。
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私は頂上へ登る人、下りる人を眺め、だ~れも居なくなってから「しっかり」と
「鎖」を握り「そ~と」そして素早く岩に足をかけ一気に岩を登りました。
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頂上では・・360度の展望sign03 ~~happy01~~ 深呼吸 ~~
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登って、やはり視界は良くありませんでした。
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5分ぐらいしましたら「ほんとうの空」が見え、知らない人なのですが、無断で「パチリ」。204_600

・・カメさんでも一歩一歩の積み重ねて「頂上」で~す。

下の写真の様な景色を見ながらの下山でした。 

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~~~素晴らしい~~・・ばんざ~い ・・~~
登る時よりも下山の方が時間がかかった様な気がします。
(そんな事ないのですがね)
膝は「悲鳴」をあげていましたよ。

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